狐草子

世界が面白くてよかった。大丈夫まだ書ける。

つながった知識たち

今回京都にきてつながった知識と知識をまとめておきます。

 

 

待賢門院堀河でつながる法金剛院と百人一首

法金剛院
京都府花園にある律宗のお寺。平安初期、右大臣清原夏野の山荘を寺にした。1130年、待賢門院の御願いによって建立。円覚によって再興。重要文化財多数。

 

律宗 中国でおこった仏教の一宗。戒律の研究と実践を重んじる。南都六宗のひとつ。754年、鑑真が来日し、唐招提寺を創建して本格的に確立した。平安時代には密教の流行で振るわず、鎌倉時代に俊芿、叡尊らが復興に努めた。(日本史大辞典 抜粋)

円覚 壬生寺に住して頑張った。大衆教化の方便として念仏に猿楽を導入したのがのちに壬生狂言となり、現在も行われている。

 

百人一首
80番歌「長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ」は待賢門院堀河の作。

 

「長からむ〜」の人が仕えていた待賢門院がお願いして建てられたお寺が法金剛院なのか!!!へえ!となりました。

 

待賢門院堀河
平安末期の歌人女房三十六歌仙の一人。先斎院六条とも呼ばれた。歌人源顕仲の女で、しまいに大夫典侍などの歌人がいる。白河院皇女令子内親王に出仕したのち、待賢門院に仕え、1142年女院の出家に従い出家。女院没後まもなく、私家集『待賢門院堀河集』を自撰した。勅撰集への入集も多く、金葉和歌集に6首、詞花和歌集に58首が納められる。西行とも交流を持ち崇徳院の歌壇に加わって「久安百首」にも選ばれた。(日本歴史大辞典)

 

 

 

西園寺実兼でつながる南禅寺三門と中世女流日記『とはずがたり

南禅寺三門に行ってきました。

 

これもまた後日更新します。