狐草子

世界が面白くてよかった。大丈夫まだ書ける。

忘れたくないもの

 

 

家の目の前のヤマダ電機が潰れた。閉店してからずっと、からっぽのまま駅前の空間に放置され、2年経って漸く解体された。大きな音を立てて徐々に崩されていく。2ヶ月ほどかけて、大型家電量販店のあった場所は白いコンクリートを敷かれた更地になった。

その敷地のど真ん中に立ってみたかった。そこにはずっとヤマダ電機があって、そのまえはホームセンターがあって、だからもう10年以上、その場所に立つことはできなかった。でも、今ならできる。解体が終わって2、3日の間、道路とその敷地を隔てるものは小さな溝とひざ下までの衝立だけで、人目を盗めばいくらでも入れる状態だった。中心に立って、駅を、自分の家を、運河を、眺めてみたかった。「懐かしい」と思えるかどうか確かめてみたかった。

ここに引っ越してきたばかりのころ、そこにはヤマダ電機ではなくて公園があった。木製のブランコがあったことを覚えている。ちょっとした花畑があった記憶もあるが、ぼんやりとしていて確かではない。補助輪付きの自転車に、お気に入りの黄色いワンピースを着て乗っていたらスカートがタイヤに巻き込まれ、以降自転車に乗る時はスカートをはいてはいけないというルールができてしまったのもこの場所だった。

帰り道に更地の前を通るたび、誰もいないタイミングを見計らって侵入しようかと何度考えたかわからない。どこから入るのが一番安全か考えながらまわりをのろのろ歩いた。不法侵入の4文字がちらついて、ドキドキした。かつて大型家電量販店とその駐車場が存在したほどの大きさを持つ敷地の外を1周、2周して、やっぱり勇気がなくてやめた。明日にしようと思って家に帰った翌日、敷地を囲うように身長を優に超える高さの柵が隙間なく張り巡らされていた。

建物が取り壊されてから、家から電車が見えるようになった。発車ベルやホームのアナウンスも、風に乗ってよく聞こえてくるようになった。雨が降った後、白いコンクリートにできた水たまりには、東京にしては広い空が綺麗に映る。小さな駅とはいえ、駅前好立地のこの場所がこのまま放っておかれるはずがないだろう。きっとまたすぐに、次の建物(商業施設か、マンションか)が建てられてしまう。それまでの少しの間、できるだけたくさん雨が降ればいいのにと思う。

 

 

 

 

 帰ったらブログを書こうと考えながら自転車を漕いでいた時、書きたいことがたくさんあったはずなのに一つしか書けなかった。他は全て忘れました。忘れたくなかったはずなんだけどなあ。